『凡』のコーヒー

『凡』のコーヒー

新宿の東口に『凡』という喫茶店があって、いままで飲んだコーヒーの中では、ここで飲んだのが一番美味い。

なんで美味いんだろーなーってのを、カウンター越しに作るとこをガン見してたら、ひとつ気が付いたことがあった。

豆をいったん浅い盆にざらーっとぶちまけて、程度が悪い豆、不ぞろいな豆をひとつひとつ取り除いていた。
へぇ~ 盆を使ってるから凡なのか?

ってな冗談はさておき、手作業で豆を揃えて入れてるってのはすごい。そりゃ手間かかってるわ。

昔、美味しんぼの究極のメニュー対至高のメニュー対決で、海原雄山が驚くほど美味いご飯を出してきて、ただの白いご飯なのに有り得ないほど美味くて山岡がさんざんにヘコまされた一幕があった。

その美味しいご飯の秘密は、米を炊く前に、一粒一粒、きれいに粒のそろった米だけを拾い出して炊いていたというものだった。

しかもその方法を考えたのは雄山自身ではなくて、偶然に雄山が立ち寄った民宿かなんか(じゃなかったかも知れないが細かい設定は忘れた)で、そこのじーちゃんばーちゃんが、とてもじゃないが雄山先生に出せるような上等な食材なんて何一つないので、せめて米の一粒一粒を選りすぐって丁寧に炊いてみようということでやってみたら、とってもおいしいご飯になりましたという話しだった。

高い食材を持ってきて、おらおらどんなもんじゃい美味いだろー
とやるのは、金持ってれば誰でも出来ることだが、貧しい中、限られた条件の中でも、精魂込めて手間をかければ美味しいものを作ることが出来る。

極上の食材対決になりがちな究極のメニュー対至高のメニューの対決の中で、あえて金は全然かかっていないものを雄山が出してきて、山岡がガツンとやられたところが印象にのこったシーンだった。

一粒一粒選り分けるというのは、確かに食材そのものには金をかけていないが、手間はおそろしくかかっているので、商業的にそれを実現しようと思ったら、大変な高コストになる。手間とか時間はほぼイコールでコストだから、仕入れで高価なものを買っていなければ、それでコスト低減できるわけではない。

手間をかけて丁寧にやれば、高い機材やアプリケーションを使わなくても品質の良いシステムが出来るのは、IT業界でも同じことだが、現実的には品質よりもコストや進捗が優先なので、手間をかけ過ぎたシステムは、手間を省いたテキトーなシステムよりもむしろ評価は低くなる。
足りない品質を後から補うことは出来ても、一度遣ってしまったコストを遣わなかったことにするのは出来ないから。

一粒一粒選り分けた米のエピソードが美味しんぼに出てきた時、それで美味しくなるのは分かるが、こんなこと本当にやってるところはあるのだろうか? と思ったものだが、実際にコーヒー豆を選り分けている店があったとは驚き。

ちなみに凡のコーヒーは、一人前がポット一つ(カップ2.5杯ぐらい)で1050円する。
美味いとは言え、1050円は高いなーと思っていたが、あんだけ手間かけてるならそのくらいの値段になるのは当然と言えば当然。

何よりも一番高くつくのは、直に人の手が入る人の手間と、熟練した人がじっくりと考える時間なのだろう。
自動化してあったり、アリモノのコピペだったり、マニュアル通りっていうのは、実に安上がり。

金があるなら、可能な限り良いものが欲しいところだが、商売としてはそれではほとんど成り立たない。
世間一般で売れるのは、良いものより安いものだから。